スタッフインタビュー
「諦めない介護」──利用者の願いを形にするために
「諦めないこと」を信念としている吉田さん。利用者が「もうできない」とつい考えてしまう外出や旅行の希望も、安全面に配慮しながら実現しています。バス旅行や一泊旅行、ディズニーへのお出かけも企画し、成功させてきました。利用者の笑顔や「やってよかった」という言葉に喜びを感じながら、こうした取り組みは新人職員の学びの場にもなり、チーム全体の成長につながっています。
—— まずは簡単な自己紹介と、業務内容について教えてください。
私は介護指導員をしています。課長がいないときは代理みたいな役目をして、新しく入った人や中堅の人の教育もしています。外国籍の職員もいるので、その人たちへの教育もあります。もちろん実務もやるので、出勤して引き継ぎ事項を確認したり、介護日誌を読んだり、利用者さんの体調を確認して、職員間の連絡ノートを見てからフロアに向かいます。そこからは利用者さんの介助、起床介助とかもしますし、夜勤もやります。介護指導員になったのは6、7年前です。
—— 現在の職に就かれた経緯などを教えてください。
大学では介護福祉学を専攻していました。もともと介護施設に就職したいと思っていたんです。住んでいるのは海老名で、家の近くで探していましたが、同じ大学の友達が藤沢に住んでいて、就職説明会に行ったときに、「興味のある施設があるから行ってみて」と教えてくれたんです。
ちょっと距離はありましたが、見学に行ったら雰囲気がよくて、「ここで働きたい」と思いました。車で通勤していて、職員の方が明るく「こんにちは」と声をかけてくれたり、利用者さんに食べ物を「どうぞ」と提供している様子を見て、オープンでフィーリングが合うな、と感じました。フィーリングが合わないと続かないから、と友達に言われたのも印象に残っています。
教育体制も決め手でした。学校で座学はやっていても、実際の現場では不安があります。みどりの園は教育がしっかりしていて、1年間プログラムが組まれていて、教育担当がついてサポートしてくれる。そこがあったから、安心して働こうと思えました。他の施設も見ましたが、教育体制が見えなかったり、雰囲気はよくても働いてみるとどうかな、と不安がありました。ここはオープンで、内部もしっかりしていて、入ってよかったと思っています。
私の家族の話をすると、父方の祖父母と一緒に住んでいて、母方の祖父母とも仲が良かったんです。祖父は小学生のころに亡くなって、祖母が認知症になったんです。当時は気づかなかったですが、家がわからなくなったり、少しずつ症状が出ていました。祖母のためになにかできれば、と思ったのが、いま考えてみれば福祉に興味を持ったきっかけです。
ちょっとした小話なんですが、高校に入ってからは福祉に関わるボランティアをしていて、家の近くのデイサービスに行ったとき、祖母と再会したんです。送迎のときに母の旧姓が聞こえて振り向いたら、祖母にそっくりな人がいて、食事介助の際に名札を見たら、やっぱり祖母でした。母に確認したらそうで、ショックもありましたが、それが介護福祉士になろうと思った決定的な理由です。保育と迷ったけれど、介護の道を選びました。
ちょっと距離はありましたが、見学に行ったら雰囲気がよくて、「ここで働きたい」と思いました。車で通勤していて、職員の方が明るく「こんにちは」と声をかけてくれたり、利用者さんに食べ物を「どうぞ」と提供している様子を見て、オープンでフィーリングが合うな、と感じました。フィーリングが合わないと続かないから、と友達に言われたのも印象に残っています。
教育体制も決め手でした。学校で座学はやっていても、実際の現場では不安があります。みどりの園は教育がしっかりしていて、1年間プログラムが組まれていて、教育担当がついてサポートしてくれる。そこがあったから、安心して働こうと思えました。他の施設も見ましたが、教育体制が見えなかったり、雰囲気はよくても働いてみるとどうかな、と不安がありました。ここはオープンで、内部もしっかりしていて、入ってよかったと思っています。
私の家族の話をすると、父方の祖父母と一緒に住んでいて、母方の祖父母とも仲が良かったんです。祖父は小学生のころに亡くなって、祖母が認知症になったんです。当時は気づかなかったですが、家がわからなくなったり、少しずつ症状が出ていました。祖母のためになにかできれば、と思ったのが、いま考えてみれば福祉に興味を持ったきっかけです。
ちょっとした小話なんですが、高校に入ってからは福祉に関わるボランティアをしていて、家の近くのデイサービスに行ったとき、祖母と再会したんです。送迎のときに母の旧姓が聞こえて振り向いたら、祖母にそっくりな人がいて、食事介助の際に名札を見たら、やっぱり祖母でした。母に確認したらそうで、ショックもありましたが、それが介護福祉士になろうと思った決定的な理由です。保育と迷ったけれど、介護の道を選びました。
—— 実際に入職されて、どのようなことを感じましたか。また印象に残っていることなどあれば、教えてください。
仕事は大変だというイメージは先生から聞いていました。でも実際に働くと、想像以上に大変なこともあります。責任がついてくるし、実習とは違って日々の中で学ぶことが多いです。その分、利用者本人や家族から「ありがとう」と言われることも多く、やりがいがあります。
みどりの園の職員は本当に優しいんです。仕事とプライベートのメリハリもあって、職員間も仲がいい。数年前に母を亡くしたときも相談にのってもらえて、仕事だけでなく個人的な面でも支えてもらいました。介護職のみなさんは、利用者のために一生懸命考え、いろんな取り組みをしています。外国籍の職員も日本語が大変なのに一生懸命で、その姿を見て、私も初心を忘れずにいたいと思います。
私が心がけているのは諦めないことです。特養に入ると、「もうできない」と思われがちなこともあります。でも利用者さんの希望を叶えるために、どうすれば安全にできるかを考えます。外出や旅行もその一つです。バス旅行や一泊旅行、ディズニーにも行きました。最初は無理だと思っても、方法を変換して考えれば実現できます。利用者さんが「もう諦めてたけど、やってみてよかった」と言ってくれると、やってよかったと心から思います。何より利用者さんの笑顔が嬉しいです。
言葉でなくても、様子を見て「企画してよかった」と思える瞬間があります。私は企画を担当することもあって、常に「もっと良くなる方法はないか」と考えます。例えば家族も巻き込んでみたり、別の形で実施してみたりすると、利用者さんの違う表情を見ることができます。
みどりの園の職員は本当に優しいんです。仕事とプライベートのメリハリもあって、職員間も仲がいい。数年前に母を亡くしたときも相談にのってもらえて、仕事だけでなく個人的な面でも支えてもらいました。介護職のみなさんは、利用者のために一生懸命考え、いろんな取り組みをしています。外国籍の職員も日本語が大変なのに一生懸命で、その姿を見て、私も初心を忘れずにいたいと思います。
私が心がけているのは諦めないことです。特養に入ると、「もうできない」と思われがちなこともあります。でも利用者さんの希望を叶えるために、どうすれば安全にできるかを考えます。外出や旅行もその一つです。バス旅行や一泊旅行、ディズニーにも行きました。最初は無理だと思っても、方法を変換して考えれば実現できます。利用者さんが「もう諦めてたけど、やってみてよかった」と言ってくれると、やってよかったと心から思います。何より利用者さんの笑顔が嬉しいです。
言葉でなくても、様子を見て「企画してよかった」と思える瞬間があります。私は企画を担当することもあって、常に「もっと良くなる方法はないか」と考えます。例えば家族も巻き込んでみたり、別の形で実施してみたりすると、利用者さんの違う表情を見ることができます。
—— 今後の目標などあれば教えてください。
今後は、コロナ禍で制限されていた活動も含めて、もっと利用者さんをいろんなところに連れて行きたいです。一泊旅行の企画も早めに進めたいです。利用者さんに楽しんでもらうことで、職員自身の可能性も広がると思います。新人職員が「こんなこともできるんだ」と感じてもらえれば、視野が広がります。
人員不足はどこでもあります。介護はなかなか光が当たりにくい仕事ですが、素敵な仕事だと思っています。人生の最後の時間に関わることができる仕事で、利用者や家族の話を聞き、笑顔を見られるのは、本当に貴重な経験です。ある方の葬儀のときに、写真を見せたら家族から「こんなに笑うと思わなかった」と言われたこともあり、あの瞬間が忘れられません。
人員不足はどこでもあります。介護はなかなか光が当たりにくい仕事ですが、素敵な仕事だと思っています。人生の最後の時間に関わることができる仕事で、利用者や家族の話を聞き、笑顔を見られるのは、本当に貴重な経験です。ある方の葬儀のときに、写真を見せたら家族から「こんなに笑うと思わなかった」と言われたこともあり、あの瞬間が忘れられません。